アレクサンダーテクニーク / 海津賢 (かいづけん / Ken Kaizu)

アレクサンダーテクニークや音楽や、いろいろなことを書いていきます。

雑感

こないだ近所のお店に行ったら、お味噌汁がとても美味しくてびっくりした。昆布としいたけしか出汁に使っていないという。カツオがなくてもいいんだ!なんとシンプルな。


何十年もアレクサンダーテクニーク(AT)を教えている先生に、学生時代、習ったことがある。彼は英国オーケストラに在籍していた演奏家だ。私はATと演奏の両方を教えているのかと質問した。今はもうATしか教えていない。ATを教える事の方が演奏の役に立つから、演奏を教えるのはやめたと言っていた。


ATを50年以上教えていて、ダニエル・バレンボイムとも仕事をしている先生はこう言った。色んな教えの良いところをたくさん集めてきても、それは良い事になりません。一つのことを深く学んで下さい。それは生徒から学べます。頭と首と背中さえ動き出せば、演奏はできるのです。


その先生の先生は、何千というあらゆる質問に丁寧に耳を傾けて、そしていつもこう答えていた。「首が自由になることを許しましょう、頭が前と上になることを許しましょう、背中が長く広くなるために!」
原文は “let the neck be free! to let the head go forward and up! to lengthen and widen the back!”。
”let” はこの先生の先生であるアレクサンダー(Frederick Matthias Alexander 1869〜1955)の素晴らしい発見だ。”do(する)”のではない。”Non-doing(何もしない)”とも繋がる。


アレクサンダーテクニークは武芸(マーシャルアーツ)と似ている。大切な事は多くない。シンプルなことを深く掘り下げていく。そのように取り組むと、成長(これを変化という)は、木が育って行くのと同じで、とてもゆっくりだ。育つのを早めようと、木を引っ張る事はしないでしょう?あれこれやったり、良いと思うやり方を混ぜたりせず、慈愛の心で水をやり成長をただ待とう。変わろうとしないで。それもアレクサンダーの見つけた素晴らしいことだから。


アレクサンダーが解剖学を教えなかったこと、レッスンで”Stay my hand(うろ覚えですみません)”と1時間同じことを言い続け、それについて説明しなかった話、昔は「へー」で終わっていたが、最近はすごいなあと思う。ことばで伝えられないことは多くある。身体での体験から学ぶことの大切さ。年が明けて、わたしは模型のガイコツをそっとしまい込んだ。


ことばを尽くせば尽くすほど、生徒さんが自分で学ぶ機会を講師が奪い、そして体験の前に思考が忙しくなり、体験を受け取ることが難しくなって学びが遠ざかる。ああ講師としての才能はないかも、とレッスンをして落ち込むことが多い。