アレクサンダーテクニーク / 海津賢 (かいづけん / Ken Kaizu)

アレクサンダーテクニークや音楽や、いろいろなことを書いていきます。

無題

私たちがよく使うことば「わたし」。これは相手がいるから生まれた言葉でしょうか。自分一人の世界に生まれたら、比較するものがないから「私」という言葉も概念も生まれなかったかも知れません。「私」を認識して大切にするためには、「私」を見せてくれる相手といる事が、最も大切な事です。

一人でいる時間がないからものが生み出せない。一人でいる時間があるとものが生み出せる。その証として、これまで一人でいて生み出した、例えば作品たちがある。なので、一人でいる時間は大切だ。私もそう考えがちですが、この考えかたは体罰によって優勝できたから体罰は必要だという、結果がやったことの正しさを証明していると言うのと似ている気がします。
一人でいるのをやめたらものが生まれなくなる事がありますが、なぜでしょう?自分と向き合えているので、逃げる必要がなくなったからです。向き合うことができたら、逃げるために、ものを生み出すことに没頭する必要がないのかも知れません。決して才能が枯渇した訳ではありません。
自分と向き合うとはなに?相手を通して自分(私)を見ることです。相手がいることでやっと、私たちは自分自身と向き合えます。自分一人で自分を見る事はできません。
私たちは自分にとって大切な、あなたの心に近しい人の鏡になり、乳児が母親の目に自分自身を見ているように、彼らの目で自分自身を見る必要があります。
そのように見ることができた時、ものを生み出すことに逃げる必要はなくなります。見ることが嫌なときは、一人でものを生み出すことに没頭して逃げがちです。逃げることをやめたから、ものづくりができなくなるのだとしたら、素晴らしいことです。逃げることからの卒業ともいえます。でももちろん逃げるのもオッケー!

人といることで自分を見ることから生まれるものは何でしょうか?それは音楽なのか?俳句なのか?違うものなのか?なにが生まれても、人生の一部そのものであるのは間違いありません。私はそれを見るのが楽しみです。相手が鏡となってくれるおかげで、私は自分を見ることが可能になります。ありがたいです。私も相手の鏡でありたいし、あり続けられたらなあ。

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